体育研究所 2025年度 筋トレと睡眠の関係―パフォーマンス・健康・より良い暮らしへの科学的アプローチ―
“厚生労働省は6時間未満の睡眠では病気リスクが高まると警鐘を鳴らし、世界屈指のアスリート大谷翔平選手は10時間の睡眠で能力を最大化できると証明している——立場も目的も異なる二者が、ともに示す結論はただひとつ。睡眠こそが人生とパフォーマンスを支える〝生きる力そのもの〞である。”
これは、私が2025年7月に上梓した拙著『究極の筋トレ休息法』の一節です。現代社会において、「健康でいたい」「よく眠りたい」という願いは、世代や立場を問わず多くの人々が共通して抱く関心ごとです。こうした背景のもと、私たちは今や重要な健康行動となった「レジスタンストレーニング(いわゆる筋力トレーニング、筋トレ)」と、「睡眠」の関係に焦点を当てた研究に取り組んでいます。
筋力トレーニングは、見た目の変化や体力の向上といった効果に加え、近年ではメンタルヘルスや睡眠など、より広範な健康要因との関係性が注目されています。実際、「筋トレを始めたらよく眠れるようになった」と語る人も少なくありません。しかし、そのメカニズムなどの科学的な裏付けは、いまだ十分とは言えません。
そこで私たちは、筋トレを習慣的に行っている人々の睡眠について、主観的・客観的な指標の両面から調査します。具体的には、睡眠の時間、深さ、入眠のしやすさ、夜間の中途覚醒の有無、翌朝の目覚めの状態などを測定し、それが筋力トレーニングとどう関係しているかを分析します。
この研究が持つ社会的な意義は、アスリートやトレーニーのパフォーマンス向上にとどまりません。むしろ、私たちが目指しているのは、一般の生活者にとっての「健康の維持増進や、日常生活の改善」です。慢性的な睡眠不足や質の悪い睡眠は、集中力の低下、気分の不安定、さらには生活習慣病やうつ病のリスク上昇など、多くの健康問題と関わっています。その解決に向けて、薬や特別な機器に頼らず、日常生活の中に取り入れられるシンプルな改善手段としての「筋トレ」の可能性を、科学的に明らかにすることが私たちの目的です。
「筋トレ」は、適切な負荷設定と正しいフォームを守れば、年齢や体力を問わず誰もが実施できるもので、運動をせずとも生活できる社会を形成するに至った人類にとって、重要な知的財産であると私は捉えています。つまり、「誰にでもできる健康戦略としての筋トレ」を通じて、多くの人がより良い睡眠を手に入れ、結果としてQOL(生活の質)を向上させる。そのような社会の実現に寄与したいと考えています。
この研究から得られた知見は、将来的に以下のような社会的還元を目指しています。
- 健康指導や運動処方を行う医療・福祉・フィットネス現場での活用
- 睡眠障害や不眠傾向をもつ方への非薬物的な改善法の提供
- スポーツ指導者・筋力トレーニング指導者による回復戦略の最適化
- 高齢者の介護予防プログラムの充実
「よく眠ること」は、「よく生きること」につながります。科学の力を通じて、だれもが日々の暮らしの中で実感できる“快眠”を“筋力トレーニング“から支えたいと考えています。
岡田 隆
日本体育大学 体育学部 教授
研究プロジェクト2「スポーツ医学に関する研究」
プロジェクト長