体育研究所 コラム

体育研究所 2025年度 指導者の「現場での学び」は誰が支えるのか?
―体系化されていない「コーチのコーチ」の役割と可能性―

アスリートの競技力を向上させる上で、指導者の質の向上が不可欠であることは言うまでもありません。では、指導者はどのようにして自身の指導力を向上させていくのでしょうか?
多くの方がまず頭に思い浮かべるのは、資格講習会での学びや、研修会、セミナーへの参加、あるいは最近ではオンライン上の動画視聴といった方法かもしれません。しかし、これら以外にも、指導者が自身の言動を振り返り、「今日のあの伝え方は良かったな」とか「あの場面ではどのような練習をすれば効果的だっただろうか?」という具合に思考を巡らせることも、非常に重要な学び方です。
前者の講習会などによる学びは「媒介学習」と呼ばれ、後者の指導現場での試行錯誤や一人で行う振り返りといった自己主導的な学びは「非媒介学習」と呼ばれています。そして、この自己主導の「非媒介学習」の方が、実は学習効果が高いとも言われているのです。しかし、その『一人での振り返り』は、多忙な指導現場では後回しにされがちであり、また、自分の殻を破る新しい視点を得にくいという『孤独な学び』の側面もあります。
だからこそ、この「媒介学習」と「非媒介学習」の“いいとこ取り”をした学び方、すなわち「エキスパートによる媒介学習」が注目されています。これは、いわゆる学習者中心の学び方であり、指導者自身が「どんなスキルを向上させたいのか」、「どのように向上させるのか」、「どのレベルまで高めたいのか」、「期間はどれくらいか」といった成長プロセスを主体的に決めていくのが特徴です。
そのプロセスを支えるのが「エキスパート」の役割です。この「支える」という役割は、単に見守るだけではありません。指導者の思考を刺激するような問いを投げかけたり、別の視点や考え方を伝えたり、時には関連する学術的な根拠となる情報を提供したりすることもあります。そのようなエキスパートの支援があれば、指導者はより効果的に成長できる可能性が高まるのです。
昨今、スポーツ界ではこのエキスパート、つまり「コーチのコーチ」の育成が、日本スポーツ協会や各競技団体を中心に行われています。日本スポーツ協会やバスケットボール協会は「コーチディベロッパー」(注)という名称を用い、ラグビー協会は「エデュケーター」、サッカー協会は「チューター」と呼称していますが、いずれもその役割は共通しています。
しかしながら、彼らが活躍する主な場所は「資格講習会」であるのが現状です。対象となる指導者の「指導現場」に直接赴き、スキルや振る舞いを観察し、その場で直接評価・助言(育成)を行う仕組みを実践している事例は、私が知る限り、ごくわずかです。この現状は、指導者の質の向上を、指導者自身の努力任せにしているのではないか、という疑問を抱かせます。
例えば、大学の部活動は、多くの競技において国内の競技レベルを向上させることに多大な貢献をしています。しかし、その指導者の多くは、大学教員としての職務を全うしつつ、自らの余暇時間を犠牲にして指導に当たっています。もちろん、そのことに誇りを持って臨んでいることに違いはありません。
しかし、スポーツはどうしても「結果」が出てしまうものであり、その結果に対して周囲の見方は変わることもあります。指導者も選手も、誰もが「勝ちたい」という強い思いを持っています。その思いを叶えるために指導者は選手を支援する。では、指導者に対しては誰が、どのように支援するべきなのでしょうか?
この難しい課題に対し、過去の貴重な実践知に光を当てることで、解決の糸口を探ります。本学(日本体育大学)は数年前、スポーツ庁の委託事業として「女性エリートコーチ育成事業」を手がけました。この事業の最大の特色は、座学や研修会だけでなく、受講したコーチたちの「コーチング現場」にコーチディベロッパーが直接赴き、現地で評価・助言(メンタリングや助言)を実施した点にあります。これは、国内でも数少ない貴重な取り組みであり、まさに「現場でのコーチ育成」の実践例でした。
本研究では、この事業でコーチディベロッパーを務めた方々が、一体どのような準備や工夫、スキルを用いて、指導者の「現場」での評価・育成を行ったのかを、綿密なインタビュー調査と質的な分析方法を用いて、その実践知を学術的に明らかにしていきます。具体的には、コーチディベロッパーが、どのような準備を行い、指導者とどのようにコミュニケーションを取り、どのような視点で評価し、どのようなタイミングで助言を行ったのか、そのプロセスと効果を深く掘り下げます。そして、インタビュー調査で得られた結果を「価値創造フレームワーク」(Wenger and Wenger,2020)(1)に当てはめて分析を行う予定です。
本研究で得られる結果は、スポーツ界における社会的な課題解決にも貢献する可能性があります。
昨今、部活動の地域展開(地域移行)が急速に進められています。その中で重要な論点の一つが、「指導者の質と量」の保証です。特に「質」の保証は、単なる技術指導の巧拙に留まらず、参加する生徒たちのウェルビーイングに直結する喫緊の課題と言えます。
この「質」の保証において、各市区町村に設置が推奨されている「総括コーディネーター」が重要な役割を担うことになります。なぜなら、その役割の一つに「指導者への評価・助言」が挙げられているからです。これは、スポーツ現場で指導者を指導・育成する「コーチディベロッパー」の役割に他なりません。しかし、前述の通り、現場で指導者を指導・育成する仕組みはまだ体系化されていません。「指導者への評価・助言」と言っても、具体的にいつ、何を、どのように伝えれば良いのか。そのノウハウは共有されておらず、多くの総括コーディネーターが暗中模索の状態に置かれているのではないでしょうか。本研究では、そういった方々の支えとなるような結果を見出していこうと思っています。

(注釈)日本体育大学コーチデベロッパーアカデミー編(2021)(2)では、コーチディベロッパーを「スポーツに参加する全ての人に、ポジティブで効果的なスポーツ経験を提供でき、その知識やスキルを継続的に研鑽・向上できるコーチを育成、支援、鼓舞するためにトレーニングを受けた者」と定義しています。日本ではまだ馴染みが薄い言葉かもしれませんが、国際的にはコーチの質向上に不可欠な専門職として注目されています。

参考文献

  1. Wenger-Trayner, E. and Wenger-Trayner, B. (2020) Learning to make a difference: Value creation in social learning spaces. Cambridge university press.
  2. 日本体育大学コーチデベロッパーアカデミー編(2021)Learning to be a Coach Developer.日本体育大学スポーツ・アカデミー形成支援事業室.東京.

矢野広明
日本体育大学 スポーツマネジメント学部 特任助教
研究プロジェクト5「競技力向上に関する研究」
研究員